1/9/10-1/12/10
さぁさぁ、冬休み最後の都市、Portlandだよ!
この写真は橋の上から。
ポートランドは東と西に分けられていて、二つを行き来
するのに橋が10個?本?あって、Bridge Townって
呼ばれてるらしいよ。
ポートランドへは今週末、明日18日(月)がMartin Luther King Dayで
お休みなのを利用して行こうと、
最初は思ってたんだけど(ついでに冬休みの長旅で身体が
持たないだろうと思ってたし)。
アイシユの友達が、ドラァグショーに出るためにポートランドに
来るって言うから、急きょあんなも移動。
第一の目的は友達が出てるドラァグショーを見に行くこと
だったんだけど、そんなに大きな街ではないから、2日間しか
いなかったけど、ポートランドの観光も中々出来た思う。
西海岸って、あんなが今いるワシントン州もだけど、
カリフォルニアみたいに、医療目的としての
大麻の使用が合法化されている州や、
ポートランドみたいにクィアフレンドリーな場所や、
シアトルみたいにオーガニックマーケット(コレは
アメリカ全体で流行っているみたいだけど)が
たくさんあって、アメリカの
東海岸に比べてニュー・エイジーで、
ヒッピーで、住んでる人も若い人が多くって、
ある意味ってか、まだまだ普通に「発展途上」なエリアなんだよね。
(車のナンバー。Yoginiってのは、ヨガをやる人ってのを表わしていて、、、)
その中でも、なんかもう、ヒッピー・セントラル、ヒッピーたち
(そして福祉がとても充実してるって意味でホームレス)のメッカなのが、
今回訪れたポートランド。
Environmentally-friendly、環境問題に関心の高い人たちの
選ぶ交通の手段は自転車で、
家でガーデニングしてる人もいたりして。
コレはPowell'sって言う、アメリカだけでなく、世界でいちばん大きい
インディペンデント(独立?)な本屋さん。
中古の本も新しい本も、自主出版の本も、色々置いてあって、
Red, Yellow, Green, Blue...って、色別で本のジャンルが
分かれて置かれていて。
フェミニズム、クィア関係の書物はPurpleってね。笑
街行く人たちはみんなオシャレなすいとうを持ってたり、
ドレッドヘアだったり、政治的なデザインの(Free Tibet!とか)
Tシャツを着てたり、ヨガマットを持ってたりして。
シアトル同様、ポートランドも長居出来る感じのカフェが
たくさんあって、西海岸の「カフェ・カルチャー」は大好きだけど、
なんだろう、、、
ドラァグショーで知り合った人に、
"I love Princess Mononoke!"「もののけ姫大好き!」って
告白された時、んんん、やっぱりさすがに
ニュー・エイジー過ぎだなぁと感じた。
ついでにリベラルなのはもちろん大歓迎ってか、
当たり前にそうであって欲しいし、未だに南北戦争のころの
南部連合の旗を家の前に掲げている家庭も少なくない
南部とか本当にかんべんしてって感じだけど、
西海岸のこの「リベラル」さって、すごい「フェイク」で、
こう、みんな主体的に考えて、結果、リベラルな選択をしているのではなく、
自分を差別的じゃない、「理解のあるリベラルな人」として
表象したいがために、
「リベラル」な人がするであろうように、
オーガニックのバナナを買って、
ゲイ・ライツって重要だよねって語って、
「旅すること」を趣味としていて(決して「旅行」ではなく笑)、
「無神論」だけど"Eastern(どこから見てのEastだよって
ハナシだけど)"「東洋」の思想としての(禅)仏教とかには
関心を持っていて(リベラルかどうかとはちょっと関係ないか笑)、
チャリに乗って移動しているように、感じるんだよなぁ。
ポートランドの公共の交通機関はどれもバリアフリーに近くって、
障害者やお年寄り、妊娠している人フレンドリーで、
それに越したことはもちろんないのだけど。
そして色んな階層や、「所属」の人たちが交わることの出来る
機会や空間が多いことは、評価出来ること?とても
重要なことだってのは、分かってるつもりなんだけど。
選択肢のない人、ってのかな。
小麦粉アレルギーだから、そば粉を使った商品を
選ばざるを得ない人、
あるいはお金がなくってFood Stampsフード・スタンプ(アメリカの
生活保護みたいな制度の一部で、
スーパーでお金を払う代わりに払う国が
発行している「チケット」みたいなん)を使って、
安い冷凍食品や化学調味料どかどか使われている
加工食品を買うしかない人、
いちいちペットボトル飲料を購入している
経済的余裕がないから、
すいとうを使っている人や、
家族や職場の人に否定されても声を挙げて
ゲイ・ライツの重要性を訴えないと自分と
自分のパートナーの関係が国から「違法」として
見なされる立場にいる、
やむを得ず、
そうでもしないと、
身体、生活が危機的な状況におかれてしまう人たちの
声を奪っちゃうことになるんじゃないかってか、
その人たちを黙らせてしまって、
存在を消してしまうことになっちゃって、
その人たちは更にサバルタンSubaltern;周縁化されて
しまうんじゃないかって、気がして、
なんだろう、ほいほいと簡単に、大量生産反対!みたいに
言ったりすることって、とても危険で、とても怖いことのように感じる。
ドラァグショーはアイシユの友達のポートランドに住んでる友達で、
いわゆる「セクシュアル・マイノリティ」;LGBIT関係と
障害(者)の「自立」関係の活動をしている人の
団体Bridges to Independence主催ので。
(団体は主に障害者の人たちの支援をしてるのかな?)
観客だけでなく、パフォーマーの中にも発達障害の人もいて。
でも全く、なんだろう、NPO主催のチャリティ・イベントだったけど、
パフォーマーの障害者の人たち(に代わって、あんながどーこー言える
ワケでもないし、言うつもりでもないけど)に「やらされてる」感とかなくって。
こう、老人ホームのおばあちゃんおじいちゃんたちが無理やり
お遊戯みたいに歌ったりさせられたりしてるみたいな、「やらされ」感。
(やってる側も見てる側も、ムダに物事の不条理さについて
考えさせられて残念な気分になる感じの。無理、、、)
障害者だから、パフォーマンスをやってるのではなく、
単純にお化粧いっぱいしてヒールとか履いて踊るのが楽しいから、
やっているんだよなぁ、楽しみのためじゃないで、お情けのために何か
するのって改めてファックだよなぁって強く感じた。
観客のまなざしも、ってか、コレは単純にあんなが見てての
感想だけど、「障害者の人たち、辛いだろうに頑張って
やってるのね、、、」みたいなのではなく、
可愛い靴履いてLady Gagaに合わせて踊ってるー楽しそうー!!!って感じで。
フィナーレは観客も一緒に、みんなでABBAの歌に合わせて
みんなそれぞれ「我こそがDancing Queen!!!」状態。
あ、アイシユのお友達はなんとママと一緒に、
宇多田の"Can You Keep a Secret?"をやって。
ムスコはドラァグクイーンで、女装している男、
ママはドラァグキングで、男装している女で、
二人は恋人関係で、
"secret"ってのが、
お互い自身のセクシュアリティって設定で。
最後に"secret"を打ち明けて、ムスコは相手に受け入れられても、
ママは相手に拒絶されるって設定で。
MCのドラァグちゃんも、"Now MY mom would never perform with me..."
「アタシのママは、一緒に踊ってくれるような母親では
なかったわ、、、」みたいに紹介してたけど(大半がそうだろう)、
練習するところも見てたからか、ああ、ママもムスコが大好きで、
ムスコもママのことが大好きなんだなぁってのが
伝わってくるパフォーマンスだった。笑
おみやげにカルピスや、うどん、たらこスパの素まで差し入れしてもらい。
東京でも、普段から面白い本を教えてくれたり、
あんなの世界を広げてくれてる、大好きな、大切な大切なお友達。
ありがとう!♥
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